ゆふいん文化・記録映画祭のオープニング作品として、「梅香里」の上映が終った とき、ゲストとして観客席にいたこの映画の主人公・全
晩奎(チョン マンギュ)さんの手を私は
握っていた。彼は はにかみの表情で、手を握り返した。
アメリカの射爆場と化したときから、梅林の香る海辺の里は戦争地獄へ突き落とさ れたが、国家保安法のもとで長年にわたってその実態が伝えられることもなかった。
全さんをはじめ、梅香里の人々の孤立感はいかばかりのものであったろうか。
想像を絶した苦難と不屈の抵抗を、しかし全さんは声高には語らない。静かで 淡々とした話しぶりに、暮らしに根ざした闘いの勁さがかえって浮き彫りとなるよう
である。
アメリカ大使館前で抗議に立つ全さんに、通りすがりの女性が声をかけるシー ンがある。「あなたの韓服はいいですね。スーツなんか着ないで下さいよ」というの
だ。偶然にもこんなシーンをとらえてしまうところが、記録映画の妙というべきだろう。
梅香里の漁師 全さんは、いつも韓服姿である。
作家 松下竜一
(「梅香里」のチラシに掲載させていただきました)