坂本トミ子さんは、大正15年(1926年)茨城県日立市に生まれ、若い頃には陸上競技の代表選手をつとめたほどの闊達な女性で、早くから運転免許も取得‥‥‥英会話も堪能で、GHQで通訳・タイピストとして活躍する職業婦人でした。
映画照明技師の渡辺 生さんとは、仕事を通して知り合い、34歳の時に結婚。
実家を継がねばならないトミ子さんのために生さんが日立の坂本家に入りました。とはいえ働き盛りの生さんには東京での仕事が多く、頻繁な上京にそなえて目黒に仕事場を借り、二人には長い二重生活が余儀なくされました。
昭和63年(1988年)、まだ62歳だったトミ子さんに思いがけず痴呆の初期症状があらわれ始め、平成2年(1990年)2月2日、右手首の骨折による入院という不測の事態をきっかけに、生さんはいよいよ東京の仕事場を引き払って日立に生活の基盤を戻すと、介護生活に入る決心をしました。
当初は、仕事のためトミ子さんを同伴して東京まで出掛けなければならないこともあるなど、ふたりには大きな試練が待ち受けていましたが、生さんの細やかな配慮により、トミ子さんの介護生活は蕩々と風の流れるように続き、やがて二人きりの生活には介護の限界が訪れます。
「風流れるままに〜アルツハイマー病の妻と生きる〜」は、この日々の様子を生さんがホームビデオで記録されたものですが、はじめからこの記録はこうして公開することを目的に撮影されたものではありませんでした。
もともとは、日々変わってゆく妻の様子を、正確にホームドクターに伝えたいという生さんの切実な想いが、とっさにカメラを向けさせたのでした。
公開するということを目的にしていない分、プライベートな映像は思わぬ力をもってこまやかな日常の峡部に入り込み、淡々としかし丹念にトミ子さんの様子の変化を記録してゆきます。そしてそこに寄り添うために生さんは幾度もの葛藤をのりこえてゆきます。
しかしその日々は意外にも、暗澹たる重苦しい空気に支配されたものではなく、時を経て連れ添った、人と人とのほんとうの営みとは、こんなにも温かいぬくもりに満たされているものなのかと、映像をみて私たちは驚かされるのです。
その後、65歳でアルツハイマー病と診断され、平成3年(1991年)12月、トミ子さんは日立市にある日立梅ヶ丘病院に入院されました。そして生さんは、仕事のない日は必ず、病院にトミ子さんを見舞い続けてこられました。
トミ子さんが入院して10日後‥‥12月22日‥‥‥、
病院には内緒で隠し撮りした生さんは、あまりにかわり果てたトミ子さんの姿に愕然とし、そこで撮影は一旦中断します。それ以降、しばらくの間、生さんは苦しくてトミ子さんにレンズを向けることができなくなってしまいます。
毎日見舞うだけの生活が半年も経つと、渡辺さんの関心と視点は、老人医療・看護の現場が抱える問題や患者を支える家族の問題、地域の福祉に関する問題などに広がっていきました。
そして、平成4年(1992年)7月、あらためて、病院関係者・患者の家族にも正式に撮影許可を得て、中古キャメラを購入すると、生さんは慣れない16ミリのムービーキャメラを手にとるとたったひとりで撮影を開始‥‥‥‥一般公開することを目的に本格的に映画制作に取り組み始めたのです。
1995年に完成した映画「おてんとうさまがほしい」は、このフィルムによる映像をもとに作られた作品です。
機会があったら、意図を異にして撮影されたこの二作品を比較して観ていただけたらとも思います。
仕事のない日は必ずトミ子さんの病室に通いながら、「おてんとうさまがほしい」の上映にも奔走する日々のなかで生さんは、日立市の痴呆症老人を抱える家族の会<そよかぜの会>会長として、会の設立・運営に奔走し、平成8年(1996年)、茨城県における福祉などの功労者をたたえる「小平奨励賞」を受賞されました。
こうした生さんの活動を通じてトミ子さんは、病に臥しすっかり意思を表現することができなくなってしまった当時も、社会の一員として多くの人々を勇気づけ、そして人生の伴侶として生さんを支えて、共に生きておられました。
お二人の間に、穏やかにたゆたう信頼関係と人間関係を、しっかりとこの映像でお伝えしたいと思います。
プロデューサー/構成 担当 貞末麻哉子- Sadasue Mayako - Profile
坂本トミ子さん(享年75歳)は、
2002年4月28日、肺炎のため他界されました。
心よりご冥福をお祈りいたします。
合掌
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たしかかに妻が
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アルツハイマー病を患う妻に、
夫はキャメラを向けた
この映画は、
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