ひとつの経験としての教材
島根医科大学 医学部 看護学科では、二年次の後期に「
老年看護学 老年看護学概論 」、三年次の前期に「 老年看護学 老年看護の実践 」、そして、三年次の後期から老年看護学の臨地実習が入っています。老年看護学では、学生が高齢者の心身の特徴を理解し、エンパワーメント(
その人の潜在能力が充分発揮できる、あるいは、その人の自己決定の能力を強めるプロセス )の視点から、高齢者の適応への援助が実践できるようになることを目標にして、各単元の授業内容を組み立てています。
アルツハイマー病と看護 の授業は、老年看護学 の中でも、最後に位置づけています。それは、《
老年看護学のまとめ 》にしたいとも考えたからです。また、精神看護学の授業との間で内容が重複しないように、双方の担当教官で内容を検討した結果、老年看護学の五コマの授業時間(
一コマが九十分 )の中で、早期発症型を含めたアルツハイマー病の授業を行うことになっています。
● 第一回目(二コマ)の授業は、晩期発症型でゆるやかに進行するアルツハイマー病の高齢者に焦点をあてています。この授業のねらいは、アルツハイマー病の高齢者が、(一)物忘れを自覚しており、それ故に不安が強いこと、(二)その不安やエンパワーメントに目を向けたケアによって、高齢者の自尊心は保持(あるいは回復)され、いきいきとその人らしく生きることが可能であること、を理解することです。そこで、出雲市にある痴呆高齢者のデイケア施設『
小山のおうち 』の高橋幸男医師と石橋典子看護師に講義を依頼しました。この授業では、一九九四年にNHKで放送されたビデオによって、デイケアの実践の様子を見たり、痴呆の高齢者自身が自らの想い(
不安、戸惑い、苦しみ、希望など )を綴った直筆の手記を読むなどの体験をしています。この授業を受けた学生達は、痴呆に対するイメージが良い意味で覆されたと、感想を述べていました。
● 第二回目(一コマ)の授業は、アルツハイマー病の病態を中心にした講義を当大学の精神医学講座の堀口
淳教授に依頼しました。教授は、アルツハイマー病とは脳が侵されて起こる病気であって、心の病気ではないこと、そして、脳の病的変化によって起こる中核症状、それに伴う精神症状と行動障害などについて、脳の病理組織やCTなどのスライドを見せながら、わかりやすく説明して下さいました。学生達は、第一回目の授業のビデオで観た、痴呆の高齢者の言語障害や不安な様子が印象深く脳裏に残っていたので、教授が説明される内容の理解に繋がり、興味深く講義を聞くことができたと述べていました。この授業を第二回目にした理由は、『
まえがき 』にも書いていますが、病気の人を < 生活の視点 > から理解するためには、痴呆の高齢者の生活が見える映像や手記などの学習体験から始めることが大切だと考えたからです。また、その体験によって科学的知識(この場合は医学)への関心も高まるのではないかと考えました。
● 第三回目(二コマ)の授業のねらいは、まず三作品 <
記録映画『 おてんとうさまがほしい 』・副読本『 老いて生きる』・ビデオドキュメンタリー『 風流れるままに - アルツハイマー病の妻と生きる
- 』>による教材から、(一)早期発症型で急激に進行するアルツハイマー病であっても、その人の < 心の世界 >
は、晩期発症型アルツハイマー病の高齢者の < 心の世界 > と変わらないこと、(二)言語障害や認知障害が進行し、病状が重症化しても、その人の人格は破壊されないこと、従って、(三)その人らしさを大切にしたケアが必要であること、を理解することです。その方法としては、副読本は事前に読んできてもらい、授業の中で記録映画を上映しました。記録映画を観た後に、アルツハイマー病患者の心の世界、ケアの基本とケアの方法、看護研究の動向と今後の課題などについての講義を行いました。
授業の評価として、《 この学習経験は、学生の認識にどのような変化をもたらしたのか、自分のいる位置と向かうべき方向が見えているのだろうか
》ということを確認するために、学生には、記録映画と副読本の感想文( レポート用紙一〜二枚 )を書いてもらいました。その際《
老年看護学のまとめ 》という意味も含めて書いて欲しいということを伝えました。というのも、この記録映画と副読本が、アルツハイマー病と看護の学習にとどまらず、生きること、老いることを学習する教材でもあると考えたからです。
平成14年7月
島根医科大学医学部看護学科
老年看護学担当 田中道子
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<以下資料>