■探求と求道の旅路 「伝承」第一次撮影隊
スタッフ・中井伸樹
渡辺は「伝承」という映像作品を通じて一体何を叫びたかったんだろう、なんて今になっても時々考える。
1984年の9月。僕は初めて渡辺と出逢った。
この男は何かと闘っているんだとすぐに判った。
そしてその闘っている生き様に、僕は大いに共感を抱いた。
そんなことが、僕にこの男と共に仕事をするという、ある意味で大それた決断をさせることになった。
都合の悪いことを、何でも社会や世の中のせいにするのは正しく無いと思う。
それにしても、僕たちは果たしてまともな社会に育ち、生き続けているのだろうかと、やっぱり考えることは多い。少なくとも僕たちには、様々な挑戦することの可能性や、それら挑戦することの選択肢が、もっと豊かに与えられても良いのではないだろうか、と思う。誰かが敷いた決められたレールの上を行くことだけが人生であろうはずは無いし、己に与えられた才能に最も明瞭に気づくのは、実は己自身なのではないか、と思う。渡辺は明らかにそれを体現しようとしていたのである。
「伝承」に感じられる一つの流れは「探し求める」ことのように思うことがある。
それは少年僧が道無き道を進む姿に投影されているようでもあり、貝殻を耳に当てる姉妹が新しい何かに気づこうとする姿に繋がりをもつのかも知れない。少年が鳥を解き放つ印象的な場面は渡辺自身の解放を念ずる意識の反映なのか、それとも再びその鳥が舞い戻って、探している何かへのヒントをもたらしてくれることへの願いなのか。
翻って、僕たちそれぞれも常に、何かを探し求めて生きているのではないのかと感じることがある。
「伝承」を観て印象するたびに僕たちは、渡辺自身が探し求めていた何かを想い、またそれを己の心なりに同化させてゆくのではないか。そしてその探求と求道の旅路は、決して一度きりのものでは無いのだろう。まさに「伝承」という表題には輪廻転生の真理を想起させるものがあるのだ。
この作品は、どうか繰り返し観て欲しいと、僕は思っている。
中井伸樹 (なかいしんじ/職人/「伝承」撮影スタッフ)