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■略歴 :東京都新宿区にて出生 ・女子学院高等学校 (←私設サイト)出身 (女子学院公式サイトはこちら)
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1979年 | Creative Space OM (六本木にあったミニシアター) 創設・運営 に参加 | |
1983年 | 六本木WAVEオープニングイベントの為のイメージビデオ「ドアを開ければ(監督:伊藤智生/音楽:高橋幸宏)」 を制作プロデュース(映像プロデュース第一回作品)。 |
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1985年 | 劇映画「ゴンドラ」脚本 ・制作プロデュース(83年準備開始 ・85年8月クランクイン・86年4月完成/監督:伊藤智生) | |
1986年 | 4月 映画「ゴンドラ」完成。劇場公開のために奔走する。 | |
1987〜1988年 | 劇映画「ゴンドラ」(87年10月3日間・東邦生命ホールにて 特別先行封切・ 88年4月テアトル新宿で1ヶ月間・劇場ロードショウ)上映プロデュース(本編プロデュース第一回作品) |
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日本経済新聞文化欄 (88年4月21日)参照 Creative Space OM 離脱 | ||
1989年 | 劇映画「潤の街」(監督:金佑宣/脚本:金秀吉)(シネパトス新宿で1ヶ月間・劇場ロードショウ)上映運動に参加 | |
1989年・90年 | ぴあ主催「PFFアワード」に宣伝プロデューサーとして運営参加 |
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1990年 | 劇映画「あーす」(監督:金秀吉)制作プロデュース(90年8月クランクイン・91年1月完成) | |
1991年 | 劇映画「あーす」(4月キネカ大森で1ヶ月間・ロードショウ)全国配給プロデュース 「朝鮮映画祭'91」の広報を担当 |
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1992年 | WOWOW製作「J-Movie Wars」3本の短編映画(監督:石井聰互/長崎俊一/中原俊)に現場制作プロデューサーとして参加 記録映画「阿賀に生きる」(監督:佐藤真)東京上映プロデュース |
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1993年 | 記録映画「水からの速達」(監督:西山正啓)制作プロデュース(93年3月クランクイン10月完成) 「神戸国際インディペンデント・フィルム・フェスティバル(93年7月開催/Director:武藤起一)」に宣伝プロデューサーとして運営参加 |
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1994年 | 記録映画「水からの速達」(キネカ大森で1ヶ月間・ロードショウ)全国配給プロデュース 記録映画「おてんとうさまがほしい」(構成・編集:佐藤真)制作プロデュース 記録映画「おてんとうさまがほしい」の副読本「老いて生きる〜映画「おてんとうさまがほしい」を語る〜」を上梓 |
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1995年 | 記録映画「おてんとうさまがほしい」全国配給プロデュース開始(キネカ大森で1ヶ月間・ロードショウ) | |
ここまでの活動を、シネ ・フロントの木崎敬一郎氏が221号で記事にしてくださってます | ||
1995年 | 映像制作プロダクション 有限会社 工房わや 設立 NHK教育「ETV特集・シリーズ「大量廃棄社会に未来はあるか」(監督:西山正啓)制作プロデュース 3月オンエア |
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1996年 | 有限会社 工房わや→ 有限会社 メディアエディックス に社名変更 映画「伝 承 -Transmission-」(監督:渡辺祥充/以後10年にわたって長期ロングラン)全国上映プロデュースを開始 |
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1999年 | ビデオ ・ドキュメンタリー「風流れるままに〜アルツハイマー病の妻と生きる〜」制作プロデュース(兼・構成担当) | |
2000年 | 「風流れるままに〜アルツハイマー病の妻と生きる〜」の全国上映とビデオの販売を開始 | |
2001年 | 社会福祉法人 訪問の家 『朋』の 記録映画の制作プロデュース開始。 ドキュメンタリー「梅香里<メヒャンニ>」(監督:西山正啓)全国上映プロデュース。 12月に 共働Office Motherbird (映像制作プロダクション)設立。 |
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2002年 | 記録映画「おてんとうさまがほしい」の副読本 「老いて生きる〜映画「おてんとうさまがほしい」を語る〜」を、 「老いて生きる〜映像を通して老年看護・介護を考える〜」(マザーバード発行)として増補改訂再版。 春から、ビデオドキュメンタリー「細井道子さんの記録(仮題)」を撮影開始。 11月末に、社会福祉法人 訪問の家 『朋』のドキュメンタリー「朋の時間 〜母たちの季節〜」(監督:西山正啓)が完成! |
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2003〜04年 | 「朋の時間 〜母たちの季節〜」の全国上映。 |
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2005年 | 「晴れた日ばかりじゃないけれど」(マザーバード作品)2002年から撮影を続けていた新作長編ビデオドキュメンタリーがいよいよ完成(現在はDVDを販売中)。 |
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2006年 | 10月 静岡県富士市にある重度心身障害児者の通所の施設「でら〜と」を中心に、富士市の長編ビデオドキュメンタリー映画の撮影開始。 こちらに→ 初期の 撮影日誌 (5日分だけ)を公開しています。 |
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2007年 | 4月、「風流れるままに 2007」追撮し、12月「おてんとうさまがほしい」とあわせてDVD完成。 7月、富士市在住渡邊雅嗣さんの記録「ささやかな日常〜ひとり暮らしサイコーだぜ!〜」(マザーバード作品/20分短編)完成。 |
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2008年 | 1月、「風流れるままに-アルツハイマー病の妻と生きる」と「おてんとうさまがほしい」DVD販売開始。 引き続き、富士市でビデオドキュメンタリーを撮影。 9月より、この年で101歳になられた森末千さん(埼玉県与野市在住)の生活の記録を、埼玉県立大学看護学科の先生たちと共同製作開始。 |
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2009年 | 1月〜4月、横浜市栄区にある社会福祉法人 訪問の家 の依頼により、「重度障害者等包括支援の効果的活用方策に関する調査研究事業」DVD制作。 富士市「でら〜と」の長編ビデオドキュメンタリー映画の編集作業を開始。 7月より、「でら〜と」に於ける、西野厚子さんによる「重度心身障害児者に対するリフレクソロジーの取り組み」のガイドDVDの制作のため撮影を開始。 5月より、埼玉県立大学看護学科の先生の依頼により、超高齢者の生活を記録した看護学教材の編集作業を開始。 |
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2010年 | 3月末、「でら〜と に於ける、西野厚子さんによる 重度心身障害児者に対する リフレクソロジーの取り組み」 マザーバード作品)DVDと冊子が完成。6月より販売を開始。 7月、埼玉県立大学老年看護学教授・大塚眞理子先生製作 ・監修による「森末千さんに学ぶ〜ある101歳、高齢者の日常生活〜」(マザーバード作品/2008年9月より撮影)が完成。 いよいよHDカメラを導入。9月より、「日浦美智江〜日本の障害者福祉を見つめて〜(仮題)」(マザーバード作品・長編ハイビジョン・ドキュメンタリー映画を予定)撮影開始。 |
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2011年 | 2011年は、マザーバード 設立10周年(mediaEDIX は設立17年目)となりました。 ここまでささやかながらも映画制作を続けてこれたのは、ひとえに皆様のご支援のおかげと日々感謝でいっぱいです。 2011年5月末、富士市にある生活介護事業所 でら〜と の長編ビデオ・ドキュメンタリー映画 「普通に生きる〜自立をめざして〜」(2006年10月より撮影)が完成。8月より、全国上映を開始。 上映準備を重ねつつ、さらに富士市での撮影は続き(第2作目も続きます)。 |
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2012年 | 2012年は、いきなり年明けより、「普通に生きる〜自立をめざして〜」の劇場ロードショーでスタートしました。 普通に生きる全国上映日程 本年は、この作品の全国上映に寄り添うかたわら、2012年4月、富士市にオープンしたケアホーム「GOOD SONの開所に及ぶさまざまなドラマを撮影しつつ、兵庫県伊丹市にある「しぇあーど」の取り組みと代表の李国本修慈氏への撮影取材を開始、、「重心ラーの会」の動きを追うなど、撮影取材に奔走。 |
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2013年 | みなさまの多大なるご声援のおかげを持ちまして「普通に生きる〜自立をめざして〜」は順調に全国上映展開中です。 本年も昨年と同じく、この作品の上映に寄り添うかたわら、2月には沖縄にて自閉症の青年の旅の記録を撮影。でら〜とのその後を追う続篇の撮影を重ねつつ、4年目に突入した日浦美智江さんを追う作品、および各所への取材撮影を継続しています。 詳しくはfacebookで。 |
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2014年 | 2014年5月、昨年2月に沖縄で撮影した自閉症の青年の旅の記録が中編作品として完成。 題して 「ぼくは写真で世界とつながる〜米田祐二22歳〜」 5月18日、沖縄での完成披露試写会を終えました。以後は、沖縄・東京・京都・仙台などを皮切りに、上映の展開をめざします。 「普通に生きる」の続篇も、いよいよ編集を始めます。早ければ来春完成予定。変わらぬご声援を♪ |
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2015年 | 「ぼくは写真で世界とつながる〜米田祐二22歳〜」 6月27日より2週間、イオンシネマ久御山にて劇場ロードショー。 順調に全国上映展開中の「普通に生きる〜自立をめざして〜」と共に、引き続き本年も「ぼくは写真で世界とつながる〜米田祐二22歳〜」もどうぞよろしくお願いします。 |
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2016年 | 雪深い1月のオホーツクを皮切りに、この年も、「ぼくは写真で世界とつながる〜米田祐二22歳〜」 と、「普通に生きる〜自立をめざして〜」の全国上映展開に忙殺される日々に、次回作の編集は予定どおり難航しております(弁解)。 そんな矢先、30年前に制作した劇映画「ゴンドラ」のデジタル・リマスター版が完成。続いてリバイバル公開も決定。 11月より記憶喪失になるほどリバイバル公開の準備と配給雑務にぼぼぼぼ没頭。 |
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2017年 | 年明けより、劇映画「ゴンドラ」のリバイバル公開のために、Teamゴンドラの一員として奔走する傍ら、2月には実家の母転倒骨折のため入院〜父の施設入所などで七転八倒しつつ、4月名古屋、7月大阪で「ぼくは写真で世界とつながる〜米田祐二22歳〜」の劇場公開。 ついに股関節が力尽き、秋口にチタン超合金へと変身。そんなわけで人生本末転倒し、次回作構成・編集がぜんぜん手につかず ・ ・ ・フリだけ状態。 秋にはマザーバードの公式サイトのリニューアルにも入魂し・・・ my次回作とか次回作とか次回作とかは。。。。。。。。 。。。。。。。 。。。。。。。なんて泣いて誤魔化してましたが・・・・ |
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2018年 | 年明けより次回作の編集で悶絶しつつも、上映出張が相変わらず重なり落ちつかず、今年こそ、新作を完成させる予定! と踏ん張るもいっこうに編集の神様は降りてこず・・・ なこと言ってるまに年が暮れ、いよいよ「完成するする詐欺」と呼ばれ。。。。 |
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2019年 | 年明け早々母のサ高住への転居が決まり春まではそれに忙殺されつつ、 上映出張も重なり相変わらず編集は落ち着いてできずなうちに左股関節までもがついに力尽きた。 夏が過ぎ、いよいよ秋には左股関節もチタン超合金ロボコンに。 さてしかし、そんなこんなで生まれ変わったら、とんとんと編集が進み、いよいよ年末には 「普通に生きる 」続編の編集の神様が降りてきてくださる。らっきー! |
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2020年 | 完成まであと一歩のところで、2月末より暫定完成作で試写会を始め富士には最後の撮影にも。 しかし無情にもいよいよ完成だわよというその時に、コロナ旋風が全世界を駆け巡り ・ ・ ・3月上旬より活動自粛。4月末、父貞爺が硬膜下血腫の術後の予後が悪く緩和病棟に転院。 緊急事態宣言解除・東京アラート解除を待って、6月末、余 貴美子さんによるナレーション収録完了。 そして 「普通に生きる 」続編のタイトルは、 「普通に死ぬ〜いのちの自立〜 」 に決定し、いよいよ8月末に完成! 6月に「あいち国際女性映画祭」招待上映作品に決まって、名古屋シネマスコーレさんでの劇場公開が決定してから、 8月に入ってバタバタと東京での劇場公開もキネカ大森さんに決まり、「宝塚映画祭」でのプレミア上映、大阪シネ・ヌーヴォさんでの公開日程も決まり、トントンと上映スケジュールが決定。予告編も完成。 いよいよロードショーが始まった。 おそらく倒壊寸前まで傾いておりましたが、持続化給付金でなんとか首の皮一枚で持ちこたえているマザーバードは、本年で設立20周年を迎えます。長らくのご声援ありがとうございます。 もうしばらく、新作を背負って上映の旅を続けたいと思います。 日本全国全市町村で一回上映目標! 変わらぬご声援を、どうぞよろしくお願いします。
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2021年 | さて新年が明けても一向にコロナ旋風吹きやまず、2月にはコロナ禍で看取ってやることもできずに父が鬼籍に入り、相変わらず活動自粛は解かれることなくあんらっきー。人生山谷に打ちひしがれながら、それでも、いただいた上映のご依頼には西へ東へと出張上映に走り回った一年でした。 | |
2022年 | いよいよ今年こそはと新年が明けても、変わらず世界を駆け巡るコロナの嵐には勝てず、自粛は相変わらず余儀なくされ、そろそろ持続化給付金も底をつき、いよいよ事務所は閉めなければならないかという危機の中、なんとかバイトで持ちこたえ、相変わらずいただいた上映のご依頼があれば西へ東へと走り回って年末にはコロナに罹患。 | |
2023年 | 5月にはコロナも5類のものとなり、さていよいよかと期待に胸が高鳴りましたが、変わらずまだまだ障がいのある方々の暮らしには根強く不安は残る中、相変わらずいただいた上映のご依頼があれば出張上映に走り回る一年でした。途中、低音障害型感音難聴(突難事変)勃発。身体もあちこちポンコツに。 DVD化、または配信を!というご希望の多々ある中、ゆく末を考えております。 頑張っております。諦めたらそこで終了です。 2023年度はそれでも月に一度は地方巡業に呼んでいただき、皆さまのご愛顧に感謝する日々でした。 どうぞ新年ももうしばらく、変わらず、よろしくご声援のほどお願いいたします。 |
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2024年 | 全国での上映会が、静かに続く中、年明けには能登で大きな震災が・・・しかも、インフルエンザや新型コロナは相変わらず水面下で猛威を振るう中、わたしたちマザーバードももついに活動を縮小せざるを得なくなってきました。 設立より24年、東京都杉並区で活動を続けてきましたが、春以降から、少しずつ拠点を東京から埼玉に移転し、さらに地味に創作活動は継続しつつ、上映会に奔走してゆきたいと考えています。 「普通に死ぬ〜いのちの自立〜」も、上映を始めて4年目に入り、まだまだ息絶えずに続けてゆけていることに感謝です。上映会を主催してくださる皆さまの熱意に、毎回心打たれて頑張っております。 なんとか現状を維持しつつ、細々とでも継続できてゆけたらと考えています。 変わらず、よろしくご声援のほどお願いいたします。 |